仕事のこと・タイのことを中心に細々と日記をかいてます。
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ネットで朝日新聞の面白い記事を見つけましたので、転載します。
赤い運動、支持拡大 タイ、農村貧困層から都市部住民も (2010年4月5日付け)
タクシン派の反政府運動は、そのシンボル色から「赤い運動」と呼ばれる。集会参加者の多くがタクシン氏の首相時代の政策で恩恵を受けたタイ東北部などの貧困層だが、首都圏など都市部の人びとも参加しており、支持層はさまざまだ。
「今の民主党政権で国民生活がよくなるはずがない。貴族層、権力層のための政党だ。国民が選挙で選んだ政党から裏工作で政権を奪った。タクシン氏のための戦いではない。民主主義のための戦いが『赤い運動』の本質だ」
3月14日から首都で反政府集会を展開する「反独裁民主同盟」の幹部は、連日こう呼びかける。その言葉に歓声をあげる支持者の多くが東北部から何時間もかけて首都に集まった熱狂的なタクシン支持者たちだ。
「かつて我々は忘れられた土地の忘れられた国民だった。経済発展したタイ人ではなく、隣国の最貧国ラオスから来た人だと言われた。それを変えたのがタクシンだという事実はみんな知っている」
人口の3分の1が暮らす東北部19県に属するコンケン県で、夫と農業を営むラッタナポーンさん(51)は、そう語る。タクシン氏が首相時代の2006年1月、近くの県で「貧困撲滅キャンペーン」の一環として農村に5日間泊まり込んだことに触れ、「農民に目を向けてくれる首相が現れたことに涙が出るほど感激した」と振り返る。周囲には、今もタクシン氏の写真を載せた巨大看板があちこちに立つ。
タクシン氏は低額医療や村落基金など貧困・農村対策を進め、出身の北部以上に東北部で絶大な支持を得た。だが06年9月のクーデターで駆逐され、同氏を敵視する民主党が政権を握った。タクシン政権の前に何度も政権を担い、都市部や知識人が中心支持層の政党だ。
しかし、いまの反政府運動は、これまで民主党を支持する人が多かった首都圏や中部の中間層、知識層にもじわりじわりと広がっている。
首都近郊のノンタブリ県から来た会社経営ウィチャイナンさん(39)は「タクシンは嫌いだが、政治対立には疲れた。今は影の権力者たちの一声に左右されている。真の民主主義を求める運動に賛同したくなった」。バンコク滞在の教諭アマラコンさん(41)は「現政権は権力闘争に振り回され、政策ができていない。タクシン時代の政策は明確で即実行だった。これでいいのか、国民に信を問う総選挙が必要だと感じて運動に参加した」。
タクシン派幹部とされる人たちにも元共産勢力や立憲君主制反対者、元軍幹部ら様々な経歴の人がいる。運動を利用して復権を果たしたいタクシン元首相が戦略作りに深く関与しているのは確かだが、「タクシン支持者」だけでは説明できないほど運動に幅が出つつある。
◇
〈タイの政治対立〉 タクシン首相(当時)一族による株取引疑惑などで、黄色をシンボル色とした大規模な反タクシン運動が起きる中、2006年9月に軍がクーデターでタクシン氏を追放。タクシン氏は海外逃亡の身となった。だが、07年の総選挙でタクシン派が勝利して再び政権を握ると、反対派の「黄色」運動が再燃し、空港占拠などの混乱の末、08年末に反タクシンの民主党が連立工作で政権奪取。すると今度はタクシン派が赤をシンボル色として現政権に解散・総選挙を求める抗議運動を開始し、今も首都で大規模集会を続けている。
何も言いません。 ただ、ネーションのトップページに貼られた、このバンコクの惨状をどう説明するのでしょうか。

では。
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